昭和20年、未曾有の変革に遭い、皇典講究所、大日本神祇会、神宮奉斎会等神社関係者は、国家の管理を離れた今後の神社護持の対応を相議り、神祇院総裁もまた爾後の措置をこの三団体に委ねた。 12月15日、神道指令が発せられ、神社と国家との分離は、神社関係者の予想を越えた厳しいものであった。 12月28日、宗教法人令公布。さらに昭和21年2月の改正で、新団体も、同令による宗教法人となる道が与えられた。 神祇院は、昭和21年2月2日、幾多の神社関係法令とともに廃止され、神社の国家管理は終わった。翌3日、神社関係者の総意により全国神社を結集して、改正された宗教法人令に基づく宗教法人として、神社本庁は設立された。神宮を本宗と仰ぎ、かつて国家が行なってきた神社の保全、道統護持の役割を実質的に引き継いだのである。 滋賀県神社庁の設立 我が県においても、中央の動きを凝視しつつ、その対策について協議され、県下一致団結して中央において組織される新団体に加盟する方針を決め、昭和21年1月14日、滋賀県神社庁設立準備委員会が開催され、設立総会を開くことを決定。 1月30日、神職会館において設立総会を開催、滋賀県神社庁庁規並びに同維持財団寄附行為について審議可決。庁規は直ちに神社本庁に認可申請、2月8日付承認。維持財団寄附行為は1月31日付登記完了。庁規により神職会各支部を神社庁支部と改める。(15支部)2月14日、第1回協議員会を開催し、庁長以下役員が選出され、開庁に伴う事務機構が整備された。 4月24日、神職会館神殿において平田庁長斎主となり開庁奉告祭を執行、引き続き臨時協議員会が開催され、予算の追加更正、幣帛供進、神社規則制定等の案件を協議決定。 勅令70号をもって改正せられた宗教法人令により、従来より神社明細帳に記載の神社は、神社規則を作成することとなり、県下一斉に着手。7月21日、事務完了につき奉告祭を執行。神社規則承認書、階位証、宮司禰宜等の辞令の伝達式が執り行なわれた。(規則承認1657社) 「滋賀県神社誌」(昭和62年12月20日発行)より抜粋
Month: November 2016
活動のあゆみ
滋賀県神道青年会発足から、現在に至るまでの活動内容がご覧になれます。 昭和24年 7月近畿地区唯一の青年神職協議会を全国に先駆けて結成 昭和26年 9月滋賀県神道青年協議会に名称変更 昭和41年 2月建国記念日法制化湖国一周パレード…建国記念日法制化を祈願し、湖国著名神社に自動車15台で参拝11月 会報を「鳰の湖」と決定する 昭和46年 4月滋賀県神道青年会に名称変更 昭和48年 9月交通安全祈願祭斎行 於琵琶湖大橋…本年以降継続事業 昭和49年 2月国旗掲揚啓蒙パレード 於彦根市…昭和61年まで継続事業 昭和54年 【創立30周年を迎える】 6月創立30周年記念式典 於多賀大社 昭和55年 10月滋賀県護国神社秋季例祭助勤…本年以降継続事業 昭和56年 4月滋賀県護国神社春季例祭助勤…本年以降継続事業 昭和57年 12月神宮大麻啓蒙運動 於大津市 昭和59年 6月神道青年全国協議会創立35周年記念大会に於いて、勝見秀憲先輩が表彰を受ける 於神社本庁 昭和60年 8月「神職子弟の集い-ともしびの集い」助勢 於神社庁…本年より継続事業 昭和63年 8月第15回交通安全祈願祭 於琵琶湖大橋 平成元年 【創立40周年を迎える】 7月創立40周年奉告祭 於近江神宮創立40周年記念式典 於大津プリンスホテル10月 (5日)大嘗祭署名活動 平成 3年 9月(18日)交通安全祈願祭並びに交通遺児のための募金活動…募金活動、本年より継続事業 平成 5年 12月(11日)皇太子殿下御成婚記念植樹 於小汐井神社境内(11日)神宮大麻頒布活動 於草津市新興住宅地…本年以降継続事業 平成 6年 【創立45周年を迎える】 7月創立45周年奉告祭 於近江神宮10月 (28日)天皇皇后両陛下行幸啓警備助勢 於近江神宮 平成 7年 【阪神淡路大震災勃発】 全国、近畿地区の青年神職が連携し、復興活動を行う 6月 (19日~21日)終戦50年「沖縄慰霊の旅」参加 於沖縄・近江の塔9月 (5日~6日)終戦50年記念事業「??國神社・武蔵野御陵参拝」 於??國神社・武蔵野御陵 平成11年 【創立50周年を迎える】 7月(10日)創立50周年奉告祭 於大津大神宮(10日)創立50周年記念式典 於琵琶湖ホテル12月 (20日)財団法人おりづる会より感謝状を受ける…平成3年より継続事業/交通遺児募金に対して 平成12年 3月(23日)鎮守の森啓発ポスター県内神社へ送付『神々の酒肴』県内公共図書館、教育機関へ寄贈…53箇所(29日)東儀秀樹コンサート(周年事業)収益金を緑の基金(財団法人 滋賀県緑化推進会)へ寄付 於滋賀会館北館4月 (22日~23日)神道青年全国協議会定例表彰式・優秀事業賞受賞「環境保全・記念植樹活動」 於日本青年館 平成15年 9月(6日)拉致早期解決と日本教育の再生に向けて~講座と展示~助勢…【講師】横田 滋氏・早紀江氏 【演題】「ブルーリボンに願いを込めて」 於滋賀会館大ホール 平成16年 【創立55周年を迎える】 4月神道青年全国協議会創立55周年記念式典・第56回定例総会において、田村英治先輩、稲毛友幸先輩が表彰を受ける(22日~23日)平成5年より継続事業、神宮大麻頒布活動が優秀事業賞を受賞 於明治記念館・神社本庁7月 (10日)創立55周年奉告祭 於大津大神宮(10日)創立55周年記念大祓式 於大津港 平成17年 8月(14日)終戦60年記念神道青年全国協議会並びに滋賀県神道青年会…玉串料奉納式・みたま慰めの舞奉仕・みたま祭参列 於滋賀県護國神社 平成18年 1月(19日)拙速な皇室典範改正を阻止する決起集会 於憲政記念館 平成19年 10月(10日)天皇皇后両陛下提灯奉迎活動 於琵琶湖ホテル…
滋賀県神道青年会とは
私たちは、滋賀県内の若い神主さんの団体です。年齢満40歳までの男女約120名で構成されています。会員の中には、他の仕事をしながら神主さんをしている人もいます。会員の環境や境遇は様々ですが、皆「○○神社の神主さん」です。神主さんには神社をお守りする責任があり、神社の歴史やおまつりの作法等、様々な知識と教養が必要とされますし、神社をお世話いただく地域の方々とも密接な関係を築いていかなければなりません。私たちは会員同士お互いに連絡を取り合い、勉強し合い、知恵を出し合って様々な活動を行い、日々努力を重ねています。 私たちの先輩は戦後、日本の古き良き伝統や日本人の良心が失われつつあるという変化にいち早く気付き、神社を通して日本の国を建て直し、自らの行動によって明るい社会作りをしようと、昭和24年7月に全国に先駆けて滋賀県青年神職協議会を発足させました。以来、敬神生活の綱領 一、神の恵みと祖先の恩とに感謝し、明き清きまことを以て祭祀にいそしむこと一、世のため人のために奉仕し、神のみこともちとして世をつくり固め成すこと一、大御心をいただきてむつび和らぎ、国の隆昌と世界の共存共栄とを祈ること を実践するため数多くの事業を行い、平成21年には創立60周年を迎えます。
神宮大麻
その伊勢の神宮のお神札を神宮大麻(じんぐうたいま)といいます。大麻とは、古くは「おおぬさ」と読み、祈りがこめられるお神札の大切な部分(麻串・ぬさくし)に由来する歴史のある言葉です。 また昔から、「お伊勢さん」「お祓(はら)いさん」とも呼ばれています。「天照皇大神宮」の神号に神さまの印と大神宮司の印が押され、清浄を第一に数々 のお祭りを経て伊勢の神宮で奉製されています。毎年暮に全国の氏神さまを通じて各家庭に配られる神宮大麻は、氏神さまや他の崇敬する神社のお神札と共に神 棚にお祀りします。 神宮大麻の起源は、平安時代末期にまでさかのぼり、御師(おんし)・大夫(たゆう)と言われる人々が全国の崇敬者に、「御祓大麻(おはらいおおぬさ)」 「御祓いさん」などの名称で頒布していたお神札に求めることができます。 御師は神宮に奉仕する神職であると同時に、全国から多くの崇敬者の真心を受け入れ、参宮の案内や自邸の神楽殿での神楽や祈祷を行っていました。この御師が、崇敬者のためにお祓いし、祈祷をこめて全国に頒布した「御祓大麻」が現在の神宮大麻の起源です。御師の活動により、江戸時代後期の安永年間には、全国世帯の約九割が大麻を受けていたという記録もあります。 明治維新に伴う制度改革により、明治五年より神宮大麻は、神宮司庁により奉製頒布されることになりました。明治天皇の大御心(おおみこころ)のもと、国 の隆昌や国民の平安を祈り上げた「神宮大麻」が、神宮の大御璽(おおみしるし)として、全国の家々に頒布されることとなったのです。 その後数度の変遷を経て、現在神宮大麻は、昭和21年に設立された神社本庁が神宮司庁から全面委託を受け、全国約八万の神社の神職・総代等によって各家 庭に頒布されています。
伊勢の神宮
伊勢の神宮は、日本の国をお守りくださる私たちの総氏神さまです。皇室の御祖先である天照大御神(あまてらすおおみかみ)をお祀りする皇大神宮(こうたいじんぐう、内宮)と、衣食住の 神さまである豊受大御神(とようけおおみかみ)をお祀りする豊受大神宮(とようけだいじんぐう、外宮)を中心に、全部で一二五の宮社からなります。三重県伊勢市に鎮座し、四季折々のお祭りが、悠久の歴史とともに伝えられている「日本人の心のふるさと」です。 皇大神宮(内宮)は今を去ること約二千年前、第11代垂仁天皇の時代、皇女倭姫命(やまとひめのみこと)が、天照大御神の御霊代(みたましろ)である神 鏡(みかがみ)をお祀りするにふさわしい場所を求めて国々を巡られ、伊勢国五十鈴川の川上をお定めになったことにはじまります。この神鏡とは、天孫降臨の 際に天照大御神が瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)に授けられた三種の神器の一つ、八咫鏡(やたのかがみ)のことです。 豊受大神宮(外宮)は内宮の鎮座から約五百年後、第21代雄略天皇の時代に、天照大御神の御饌津神(みけつかみ・食事を司る神)として、豊受大御神を丹波国から伊勢にお迎えしたことにはじまります。 神宮では、私たちの生命の本源ともいうべき内宮と、その生命に不可欠の食物をはじめ衣食住の恵みをお守りいただいている外宮を中心に、日々の祭りが営まれています。